2014年4月、伊根浦に公設民営の観光交流施設を整備するこのプロジェクトがスタートしました。
伊根町では、舟屋が建ち並ぶ伊根浦エリアに、観光客がゆっくりと立ち寄れる居場所が少なく、曜日や時間によっては食事できる場所がないという声すら聞かれる状況でした。
伊根をゆっくり楽しんでもらえる観光受入体制の充実を図っていくことを大きな目的として、伊根浦散策など、観光の途中の立ち寄りどころとなる観光交流施設を整備することとなりました。
計画地は伊根湾沿いにある空地であったため、建物は「舟屋が連なる」海側からの景観をつくることを基本として、新設での整備となりました。
観光交流施設をどのような施設にするのか。
施設の機能やイメージプランの協議は、伊根町内の民間有志および各団体・自治組織等の代表者・有識者等によって構成する「海の京都」伊根町実践推進会議を中心として進められました。「海の京都」伊根町実践推進会議は、この施設が建つ重点整備地区を中心とした観光まちづくりについて検討・実施する組織です。
この町をおとずれる人に勧めたい伊根町の魅力や過ごし方。
今、求められている機能。
それらを、まちの人が中心となって考え、検討を重ね、この施設のかたちが生まれました。
建物のあり方をどう考えるか。
建物の設計・施工にあたっては、伊根町が整備し民間により運営する“公設民営”の施設として、この建物のあり方を次のように考え企画しました。
①周辺に馴染む町並み景観とする
海側からの「舟屋が連なる」景観を含む、伊根ならではの集落景観(道路を挟んで、山側に母屋、海側に舟屋が並ぶ建物の関係)を計画地内につくり、周囲から連続した景観をつくる。一棟の建物を敷地いっぱいに建てるのではなく、小規模な舟屋と主屋のユニットを並べた集落のような施設とする。
②経年によって馴染んでいく建物
建物は完成した時点から経年の劣化が始まる。
年月とともに古びていくのではなく、馴染み、味わいが増していく施設となるよう、素材選びやデザインを工夫する。
③時代の移り変わりに合わせて、部分的な改修や建て直しが可能な建物とする
公共施設の中には、年月を経て、計画当時の目的・役割と施設の機能等が合わなくなり、上手く活用されなくなっているものがある。それらを新たな機能に合わせる時、その多くは、敷地まるごと造り変える大規模な計画となることが多く、軽快に実行に移すことが難しい。時代の流れがますます急速に変化する昨今、この施設についても、同様のことは起こりうる。
将来、この交流施設が今の役割を終える時、または新たな役割を担う時に、年を重ねる中で携えた味わいある景観を活かしながら、一棟のみの改修や内装のみの部分的な改修などによって、小さい規模で調整ができるような配置・構造とする。
④運営者が、効果的に活用できるものを
この交流施設は公設民営の施設として、民間事業者が運営者となり、運営・管理にあたる。運営者が効果的に“機能・サービスの提供(運営)”および“管理”できることを重視し、整備を進める。
また、少子高齢化が進む伊根町においては、働き手の確保も大きな課題である。この施設で働く人たちが、気持ちよく誇りをもって働ける空間をつくり、特に今後の伊根町を担っていく“若者”が働きたいと思う場所・帰って来られる場所となるよう整備する。
土地を整えるところから工事は始まりました。
計画地は、護岸が崩れかけ、そのまま建物を建てられる状態ではなかったため、まずは護岸工事からスタート。工事中は台風や高潮の影響で、工事が困難な場面もありましたが、施工方法の工夫などを施工者・設計士・伊根町でそれぞれの経験と知恵を出し合い、調整しながら施工が進んでいきました。
建物以外の通路や植栽などは、通常、外構工事として建物と一緒に設計されることが多いですが、今回のプロジェクトでは、建物設計とは別に、先行して土地(造成)設計から進めました。それは、建物まわりの土地の景観というものが、まちに馴染む景観の要素として重要であるためです。敷地全体が新設工事となるため限界はありますが、元々ここに区画(集落)があって、建物がその区画に合わせて建てられたように見えるよう(建物周辺部が、建物に合わせて整備された“外構”とならないよう)、「土地をつくる」という意識で、土地と建物との設計を切り分けました。
現代の工法で、快適性・機能性を高め、建てました。
建物は、全て木造で、現代の工法で建てています。冬は寒さ厳しい地域であるため、断熱性能を高くし、冬でもゆっくり居られる快適性を重視しています。
この場所での大きな課題は、床の高さ設定でした。利用者からすると、“建物と海との距離の近さ”が伊根町ならではの魅力です。床を低く下げれば、海水面が最も高くなる夏の終わりには台風や高潮などによって、すぐに床上浸水してしまい、店舗営業がストップしてしまいます。逆に、海水が確実に上がらないだろう位置にまで床を上げれば、建物の景観は周囲と馴染まないバランスとなってしまいます。
そこで、年に1~2度は床上浸水が起こることも想定内として、高すぎず低すぎず、海との近さを感じられる床高さで設定。カフェやレストランの1階の床材にはタイルを使用し、万が一、海水が上がってきたとしても清掃や管理しやすいようにしておくこととしました。
木材をふんだんに使っています。
海沿いに面するこの地域では、潮風などに強い木材や石が素材として多く使われています。この建物についても、壁は厚めのスギ材(レッドシダ―)を使用することで耐久性を高め、屋内にもあらゆる樹種の木材を使用しています。
建物内に設置するテーブルやカウンターなどの板材には、古材やシイ・イチョウ・セン・ジンダイスギ・タモなどを使って温かな空間をつくり、年月が経つにしたがってさらに味わいが増すようにしています。
また、一部の家具には、町内で伐採された木材(止むを得ず伐採しなければならなくなった木や、間伐材など)を活用し使用する試みもなされました。
町内の民間有志による会社(株)サバイが、運営することになりました。
伊根町が整備し民間で運営する「公設民営」の施設として整備を進める中で、町内の民間有志による会社(株)サバイが立ち上がり、この施設の運営管理を担うこととなりました。
施設愛称「舟屋日和」は、(株)サバイが命名。
伊根町には、季節ごと時間ごとに魅力的な景色や過ごし方があります。それを実感している運営メンバーが、施設内の舟屋で、それぞれの時間を楽しんでいってほしいとの想いが込められています。
2017年4月11日、「舟屋日和」がオープンしました。
伊根浦の散策など、ゆっくりと伊根町で過ごし、季節ごとの時間を楽しんでもらえる“立拠りどころ”の一つとして、伊根町の観光受入体制の今後のより一層の充実を目指します。